当事務所で取り扱った著名判例
- 郵便物に関する損害賠償請求の範囲と請求権者を限定している郵便法68条,73条の規定が憲法17条に違反するとの最高裁判所大法廷平成14年9月11日判決
- 労働契約法20条をめぐる最高裁判所第二小法廷判決平成30年6月1日民集72巻2号88頁(使用者側) (別ウインドウが開きます(最高裁判例))
- 甲山事件
郵便法違憲判決 ― 最高裁大法廷平成14年9月11日判決
最高裁による6件目の法令違憲判決です。郵便法の一部が憲法17条に違反して,無効であると判決を下したのです。
国会が制定する規範である法律と行政機関が制定する規範である命令等を合わせて法令といいます。法規範の最上位に憲法がありますので,法令は憲法に反することができません(憲法98条1項)。憲法81条では,「最高裁判所は,一切の法律,命令,規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」と定められており,ある法令が憲法に違反していないかどうかを審査するのは裁判所の役割です。
もっとも,法令を作る側も,憲法に反しないように法令を制定するため,実際には憲法に反した法令の数は多くはありません。現在8000を超える法令が制定されていますが(うち法律は2000ほど),最高裁が法令違憲判決を下したのは,2019年12月時点でわずかに10件しかありません。
なお,国会は本判決を受けて直ちに郵便法を改正しています。
事案の概要
Xは,AからXへの金銭支払請求を認める勝訴判決を得ました。それをもって,Aが勤務先に対して有する給与債権と,AがB銀行に対して有する預金債権を差し押さえて回収を図るべく,裁判所に対して,債権差押命令を申し立てました。
裁判所は,債権差押命令を発し,その正本を特別送達と呼ばれる方法によりAの勤務先とB銀行に送達しました。特別送達とは,民事訴訟法上の送達の実施方法で,裁判所書記官を差出人とする書留の特殊取扱です。特別送達の場合には,原則として受取人に直接交付しなければならないとされています。
この正本が届くと,勤務先は,Aに対して給料を支払ってはいけないこと(差押えがなされた範囲であり,給料全額というわけではありません。)を知ることができ,銀行も,Aが預金を引き出そうとしても,応じてはならないことを知ることができます。反対に言えば,裁判所から債権差押命令の正本が届かなければ,勤務先や銀行は,間違ってAに支払ってしまう可能性があります。
もちろん,Aが銀行から預金を引き出してしまったからといって,判決で支払を命じられた以上,それを支払わなくてもよくなるわけではありません。しかし,Aがお金を使い込んでしまって,他にめぼしい財産が一切ないという状態になる可能性もありますし,そうでなくても,Xは再度差押えを行うといった手間をかけることになりかねません。
したがって,裁判所からの正本が確実に勤務先や銀行に届けられるようにするため,特別送達という方法によらなければならず,書留料金に加えた特別の料金が必要とされています。
裁判所から送付された差押命令の正本は,勤務先には14日に届きました。ところが,B銀行には,郵便局員がB銀行の支店に直接届ける必要があるにもかかわらず,誤って同支店の私書箱に投函してしまったため,送達が遅れて15日にB銀行の支店に送達されました。
たった1日遅れただけと思われるかもしれませんが,その間にAはB銀行から預金を引き出してしまい,本来XはAの預金債権を差し押さえることができたはずなのに,差し押さえることができず,損害を被りました。しかも,その額は約800万円と高額なものでした。
本件は,郵政民営化がなされる前であり,当時,郵便局員は国家公務員であったため,Xは国に対して,国家賠償法に基づく損害賠償請求をしました。郵便局員が,誤って差押命令の正本を私書箱に投函することなく,B銀行の支店にきちんと届けていれば,Aによって預金を引き出される前に差押えができていたのであるから,Aによって引き出された金額分の損害を被ったということが請求の理由でした。
問題点
本件当時の郵便法は,以下のように規定していました。
郵便法68条1項
「郵政事業庁長官は,この法律又はこの法律に基づく総務省令の規定に従って差し出された郵便物が次の各号のいずれかに該当する場合に限り,その損害を賠償する。
1号 書留とした郵便物の全部又は一部を亡失し,又はき損したとき。
2号 (略)
3号 小包郵便物…の全部又は一部を亡失し,又はき損したとき。」
郵便法73条
「損害賠償の請求をすることができる者は,当該郵便物の差出人又はその承諾を得た受取人とする」
郵便法68条1項が「次の各号のいずれかに該当する場合に限り,その損害を賠償する」と限定しているため,仮に郵便局員の故意・重過失によって損害が生じた場合であったとしても,「亡失」か「き損」の場合しか国に対する損害賠償請求ができないことになります。
また,公務員の違法行為によって損害が生じた場合には,国に対して損害賠償請求をしなければならず(国家賠償法1条1項),公務員個人に対して損害賠償請求をすることは判例上も認められていません。なお,故意とは簡単にいうと,わざとということであり,重過失とはほんの少しの注意で悪い結果が生じることが分かったはずなのに,その少しの注意すらしなかったということです。
さらに,郵便法73条において,損害賠償を請求できるのは「差出人」と「受取人」に限定しているため,損害を被ったXは差出人にも受取人にもあたらない以上,損害賠償請求をなしえないこととなります。
このように郵便法が68条1項,73条で国の損害賠償責任を免責又は責任制限していることが,憲法17条が立法府(国会)に付与した裁量の範囲を逸脱しているのではないかが問題となりました。
憲法17条は,「何人も,公務員の不法行為により,損害を受けたときは,法律の定めるところにより,国又は公共団体に,その賠償を求めることができる。」と規定しています。たしかに,郵便法という「法律の定め」によってはいますが,憲法17条が国家賠償請求権を認めた趣旨に反するような立法は認められないのではないかというわけです。
裁判の経過
第一審(神戸地裁尼崎支部平成11年3月11日判決)
裁判所は,郵便法68条・73条はいずれも憲法17条に違反しないとして,Xの請求を棄却しました。
第二審(大阪高等裁判所平成11年9月3日判決)
Xは,国家賠償法4条,民法715条(使用者責任)も請求の根拠に加えましたが,裁判所は,郵便局員に故意・重過失がある場合でも,郵便法68条,73条の適用は排除されないとして,Xの控訴を棄却しました。
最高裁判決
最高裁は,次の理由により,大阪高裁の判決を破棄し,差し戻しました(差戻審において,国から本件を受け継いだ日本郵政公社とXとの間で和解成立)。
1 憲法17条の解釈について
憲法17条が「法律の定めるところにより」としているのは,公務員の行為が多種多様によることから,「公務員のどのような行為によりいかなる要件で損害賠償責任を負うかを立法府の政策判断にゆだねたものであって,立法府に無制限の裁量権を付与するといった法律に対する白紙委任を認めているものではない。」と判示しました。
国会がどのような法律を定めてもよいという意味ではなく,内容次第によっては,憲法17条に違反して無効となる場合もあるということです。そこで,どのような内容であれば憲法に違反することになるのかが問題となります。
2 違憲か否かを審査する基準について
続いて,「公務員の不法行為による国又は公共団体の損害賠償責任を免除し,又は制限する法律の規定が同条に適合するものとして是認されるものであるかどうかは,当該行為の態様,これによって侵害される法的利益の種類及び侵害の程度,免責又は責任制限の範囲及び程度等に応じ,当該規定の目的の正当性並びにその目的達成の手段として免責又は責任制限を認めることの合理性及び必要性を総合的に考慮して判断すべきである。」と判示しました。
目的と手段に着目して,憲法に適合しているか違反しているかを判断するということですが,簡単にいうと,国家賠償請求をなぜ制限したのか,その理由は正当といえるであろうか,また,仮に目的が正当とされても,その目的を達成する手段として,制限し過ぎとなっていないか等を様々な観点から検討して判断するということです。
3 本件における違憲審査
(1) 郵便物に関する損害賠償の対象等に制限を加えた目的の正当性について
「法は,『郵便の役務をなるべく安い料金で,あまねく公平に提供することによって,公共の福祉を増進すること』を目的として制定されたものであり(郵便法1条),郵便法68条,73条が規定する免責又は責任制限もこの目的を達成するために設けられたものであると解される。」「上記目的の下に運営される郵便制度が極めて重要な社会基盤の一つであることを考慮すると,法68条,73条が郵便物に関する損害賠償の対象及び範囲に限定を加えた目的は,正当なものである。」と判示しました。
これは,人員や費用の制約のある中で,日々大量に取り扱う郵便物を,送達距離の長短,交通手段の地域差にかかわらず,円滑迅速に,しかもなるべく安い料金で送ることができるようにするため,国家賠償請求を制限しようという目的は正当であるとしたものです。なぜなら,国家賠償請求が何の制限もなく当然のように認められてしまうと,損害賠償額を郵便料金に反映せざるを得なくなり,結果的に,安い料金で郵便物を送ることができなくなってしまうからです。
(2) 目的達成の手段として,書留郵便について免責又は責任制限を認めることの合理性及び必要性
「書留郵便物について,郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為に基づき損害が生ずるようなことは,通常の職務規範に従って業務執行がなされている限り,ごく例外的な場合にとどまるはずであって,このような事態は,書留の制度に対する信頼を著しく損なう。」「このような例外的な場合にまで国の損害賠償責任を免除し,又は制限しなければ法1条に定める目的を達成することができないとは到底考えられず,郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為についてまで免責又は責任制限を認める規定に合理性があるとは認め難い。」と判示しました。
書留も,通常のはがき等の郵便物のように大量に取り扱われているものですが,郵便業務従事者に故意や重過失があるまれな場合にも責任を免除・制限しなければ,上記目的を達成できないとまではいえないということです。
そこで,最高裁は,「法68条,73条の規定のうち,書留郵便物について,郵便業務従事者の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合に,不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱したものといわざるを得ず,同条に違反し,無効である。」と結論付けました。
(3) 目的達成の手段として,特別送達郵便物について免責又は責任制限を認めることの合理性及び必要性
最高裁は,次のような特別送達の特殊性に着目ししました。
「特別送達は,民訴法…上の送達の実施方法であり,国民の権利を実現する手続の進行に不可欠なものであるから,特別送達郵便物については,適正な手順に従い確実に受送達者に送達されることが特に強く要請される。」「裁判関係の書類についていえば,特別送達郵便物の差出人は送達事務取扱者である裁判所書記官であり,その適性かつ確実な送達に直接の利害関係を有する訴訟当事者等は自らかかわることのできる他の送付の手段を全く有していないという特殊性がある。」
その特殊性に照らし,「特別送達郵便物については,郵便業務従事者の軽過失による不法行為から生じた損害の賠償責任を肯定したからといって,直ちに,その目的の達成が害されるということはできず,上記各条に規定する免責又は責任制限に合理性,必要性があるということは困難であり,そのような免責又は責任制限の規定を設けたことは,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱したものであるといわなければならない。」「法68条,73条の規定のうち,特別送達郵便物について,郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づき損害が生じた場合に,国家賠償法に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は,憲法17条に違反し,無効であるというべきである。」と結論付けました。
4 まとめ
Xの国家賠償請求は,郵便法の規定に真っ向から反するものでした。もっとも,郵便局員の落ち度の程度,民事訴訟法で義務付けられている送達方法である特別送達の特殊性等を考慮することなく,一律に国の損害賠償責任を免除又は制限することが,果たして国家賠償請求権を保障していることになるのかという疑問を払拭することができませんでした。その素朴な疑問を突き詰め,容易にあきらめることなく高いハードルに挑んだ結果,法令違憲を認める最高裁判決を得るに至ったといえます。
以 上
甲山事件
1974(昭和49)年3月17日,兵庫県西宮市の甲山の山麓にある知的障害児の養護施設である「甲山学園」において一人の女子園児,M子ちゃんが行方不明になり,2日後の19日には男子園児,S君(いずれも12歳)が行方不明となった。捜査の結果その夜遅く,二人とも園内のトイレ浄化槽から水死体で発見された。
そして,4月7日,当時同施設の保母をしていた山田悦子さん(22歳)がS君殺害の容疑で逮捕された(第一次逮捕)。この第一次逮捕時(第一次捜査),山田さんは警察の巧妙な「事実のスリ替え」によって「虚偽自白」を余儀なくされた。弁護活動の成果もあって一度は嫌疑不十分で不起訴処分となったが,山田さんと第一次逮捕時に警察官に抵抗して暴行を受けた学園職員2名の,計3名が起こした国家賠償請求訴訟(国賠訴訟)の途中で,1978(昭和53)年2月に,山田さんは再びS君殺害の容疑で逮捕された(第二次逮捕)。そして,S君殺害で起訴された。
また,第二次逮捕時(第二次捜査)には,国賠訴訟で山田さんの無実を証言した甲山学園園長・荒木潔さんと同学園職員・多田いう子さんが偽証したとして逮捕され,起訴された。
甲山事件の裁判は,一審で無罪であったが,検察官が控訴した控訴審(第一次控訴審)で一審無罪が破棄差し戻された。差戻第一審でも無罪判決,続く差戻控訴審(第二次控訴審)でも無罪判決がそれぞれ言い渡された。1999(平成11)年10月8日,検察官が差戻控訴審判決に対する上訴権放棄の手続をとることにより,ようやく終結を見た。1974(昭和49)年4月7日の逮捕以来25年6ヵ月余,1978(昭和53)年4月9日の起訴以来21年6ヵ月余の長期間にわたった刑事事件は終了した。
このように異例の長期裁判になったのであるから,甲山事件は難事件であるかのごとく思われるが,決してそうではない。山田さんが犯人ではないという点に関しては,きわめて明白な事件であった。後で詳しく述べるように,警察が事件像を見誤り,山田さんが犯人であるとの見込捜査を行い,訴訟追行する検察官が全面的証拠開示に応じず,無理な主張・立証を行い,第一次控訴審が誤判をしたことにより長期裁判になってしまったのである。
上野勝・山田悦子編著『甲山事件 えん罪のつくられ方』第1章より